こんにちは!
結婚を機に東京へ、その後千葉県流山市へ引っ越してきたナガレヤマコです。
私は生まれも育ちも神戸。
今でも家の中では、関西弁を話しています。
今日は、関東に住む関西人の関西弁事情についてお話しします。
東京に引っ越して気づいたこと
結婚後、東京へ引っ越したのは、コロナの緊急事態宣言が初めて出た頃でした。
その頃は長女を妊娠中で、つわり真っ最中。
新幹線では何度もトイレへ駆け込みながら引っ越したことを、今でもよく覚えています。
東京には知り合いが一人もおらず、話し相手は夫だけ。
子どもが生まれてもコロナ禍で育児イベントは次々と中止になり、誰とも仲良くならないまま数年が過ぎました。
ようやく幼稚園に入園し、ママたちと話す機会ができました。
できるだけ標準語っぽく話していたある日、クラスの担任が関西出身の先生になりました。
「先生も関西なんや!」
と、勝手に親近感を抱いていました。
「関西弁って、なまりなんや」
ところがある日、ママさんたちが先生のことを、
「先生、すごくなまってるよね〜!」
と話しているのが聞こえました。
その瞬間、ハッとしました。
「関西弁って、なまりなんや。」
もちろん悪気はなかったと思います。
でも、「私も同じように思われているのかな」と急に気になってしまい、それ以来そのグループとは少し距離を置くようになりました。
神戸に帰って驚いたこと
そんな頃、久しぶりに実家の神戸へ帰省しました。
児童館へ行くと、周りから聞こえてくるのは懐かしい関西弁。
「ありがとう!」
「気ぃつけて!」
……あれ?
神戸の言葉って、こんなイントネーションだったっけ?
東京で暮らして3年。
関西弁を聞く機会がほとんどなくなり、いつの間にか自分の耳まで標準語に慣れてしまっていました。
大好きだった関西弁が、外国語みたいに聞こえたんです。
あれは結構ショックでした。
でも、だからといって東京で完璧な標準語は話せません。
自分では標準語のつもりでも、関西のイントネーションが残っているらしく、「関西の方ですか?」と聞かれることがよくあります。
東京でも神戸でも、なんとなくしっくりこない。
そんな不思議な感覚をしばらく抱えていました。
流山では肩の力が抜けた
その後、千葉県流山市へ引っ越してきました。
今、仲良くしてもらっているママ友は北海道出身や静岡出身。
以前住んでいた東京では、東京が地元の方が周りに多かったのですが、流山では関東以外の出身の方も多く話しやすいです。
みんなそれぞれ地元の言葉があって、必要に応じて標準語で話しています。
「私だけじゃないんだ。」
そう思えるようになってからは、以前より肩の力を抜いて話せるようになりました。
関西弁を隠すわけでもなく、無理に標準語を話すわけでもない。
今はその中間くらいの、「関西弁が少し香る標準語」で毎日過ごしています。
子どもたちの関西弁はちょっと複雑
子どもたちは関東育ちなので、基本は標準語です。
でも、たまに私の影響なのか関西弁らしき言葉を話すことがあります。
私からすると「なんか違う!」というイントネーション。
関西人ならわかってもらえると思うのですが、いわゆるエセ関西弁なんです。
でも、違いは言葉だけではありません。
神戸では、学校では上履きを使わず土足なので、上履きのことを「体育館シューズ」と呼びます。
私は今でも気を抜くと「体育館シューズ」と言ってしまいます。
子どもが幼稚園でそのまま言ったら先生もお友達も「?」となりそうなので、「体育館シューズは、上履き、上履き…!」と毎回頭の中で変換してから言ってます。
言葉だけではなく、こういう小さな文化の違いも、関東で暮らして初めて気づきました。
まとめ
関東に住んで6年。
今でも私は関西弁が大好きです。
でも、以前のような生粋の関西弁でもなければ、きれいな標準語でもありません。
関西弁が少し香る標準語。
そんな話し方が、今の私には一番自然です。
子どもたちは標準語で育ち、ときどき私の影響で”なんちゃって関西弁”を話します。
「そのイントネーション違う!」と思いながらも、それも関東で子育てをしている我が家らしいなと感じています。
これからも無理に標準語に合わせることも、無理に関西弁を守ろうとすることもなく、その時々の自然な言葉で話していこうと思います。
関東に住んでいる関西出身のみなさんは、普段どんな言葉で話していますか?
もし同じような経験があれば、ぜひ教えてください。
以上、『【体験談】関東に住む関西人、関西弁を話し続ける?標準語になる?』でした!
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